今後のtumatoshi&ブログについて

tumatoshi雑記

みなさん、おはようございます。本日でセブでの隔離が最終日となりました。いやはや何度もブログ内でも言った通り、意外と早く感じるものです。これも家族の力だと思います。もし一人でしたら確実に夜中とかに脱走していたでしょうね。とりあえずこの地で死ぬのは嫌ですし、早く日本に帰れる支度をしようと思います。この2週間で思うように行った事と行かなかったことがあるので、そこは今後の反省材料として生かしていければと思いますね。

今後について

興味のある人は極端に少ないと思いますが、ブログアクセス数も少しずつ伸びているので数少ないtumatoshiファンの皆様に今後の僕たち家族の動きを紹介したいと思います。

日本に帰るまでの間

16日(火)隔離最終日。

17日(水)外出可能だが大事をとって洗濯やパッキングを進めて外部との接触を避ける。

18日(木)再Swabテスト

19日(金)買い出し、パッキング

20日(土)マニラ経由で帰国

と、なっています。鬼門のSWABテストを何としてもネガティブ結果を取らなければいけないので、うがい薬、のど飴、鼻の洗浄水を購入して、車は前日にアルコールを吹きかけて万全の状態で行きたいと思います。この国で鼻の洗浄液見たことないな。。。最悪はアルコールで流します笑。買い出しは日本で使用する日用雑貨系ですね、この国のシャンプーが非常に泡立ちがよく、頭もスカッとなるので日本でもストックとして購入しなくてはいけません。

日本でのtumatoshimの仕事

日本では前の会社に戻り、一旦生計をたてなおします。セブではコロナ渦中で給料カットも余儀なくされ、またいつセブが開けるのか不透明な状態だった事、家族の今後も考えると一度日本での生活もありかと考えるようになりました。一番は教育の面ですね。このまま息子が生粋のフィリピン人になってしまう事も恐れている僕ですし笑。ということで、前職は主に天然石アクセサリー販売ショップで全国展開している会社なのですが、今回は九州方面担当ということで、6月7月ごろから福岡に拠点を移して生活をします。それまでの間は東京での生活です。3年間で失ってしまった最先端の感覚を呼び戻せるかが重要なポイントになりそうです。もう一つ心配事は、妻が日本に馴染めるかどうかです。基本的なコミュニケーションツールは英語なので、僕とは全く困らないのですが、日本ですと色々な標識が日本語ばかりなので、大丈夫かな?と思いつつも、大丈夫か!とも思っています。妻とは、

とりあえず1年間はじっくり日本の生活にアジャストしてそれから仕事したいんだったら探せば?子供もまだ小さいし。

う~ん。まぁ日本語も全然わかんないしねww

と、やはり母国を捨てたフィリピン人は強化されているのか、より客観的になっているのかわかりませんが、妙に上の空感が半端ないです。対して息子は、何も知らずにトミカで遊び自分がコロナ陽性者という事を微塵も感じさせないレベルです笑。僕もこの精神になりたいです。

今後のブログの在り方

ここも非常に重要になっていきますね。ブログを再開してから少しずつアクセス数が伸びてきてもいるので、日本に住み始めて落ち着いたところで、妻をブログに参加させます。勿論記事は英語になるので、英語の勉強にもなりますし、記事の後半は日本語訳も付け加えていきます。翻訳の時間を考えるとグーグル先生を大活躍させるしかないですね。内容は彼女に任せるので、おそらくフィリピン人が経験する日本の生活を英語で、フィリピン人向けに発信するでしょう。ユーチューブもやるようなので、このブログでも随時更新していければいいと思います。

数年後のtumatoshi

第一候補セブ島でビジネス展開

数年間は日本で資金調達を行い、セブ島を一番候補にビジネスをするつもりです。元々、飲食店経験や興味もある事でおそらく飲食店になるかと思いますが、既に構想もできておりブラッシュアップと、まずは資金を作る事に専念します。それとタイミングです。コロナ用ワクチンも出来上がり、摂取もスタートし始めると思いますが、元のセブ島に戻るのは今年いっぱいは厳しいと思います。僕の練っているビジネス案は、外国人ではなくローカルを対象にしていることもあり、現状のローカル雇用状況や給与状況を見ていると、まだまだスケジュール100%で雇っているところは少なく、また様々な条件の下で働かなくてはいけない状況です。なので今の段階で手を付ける事はまずありません。あとはマクタンからマンバリン・SMシーサイド方面に架かる橋が出来上がる前。これも一つの重要なポイントです。この橋が出来上がると、確実にセブ島全体の物価や、土地の値段が上がるはずなので、この橋の工事状況がとにかく遅れる事を祈っています笑。こう見えて、tumatoshi意外と考えているんですよ。

まとめ

こんな感じで、人生設計をしているのですが僕は人生の中で何回も貯金が0になったことがあります。最近では30歳の時です。とある事件により貯金が0になった時期があります。なんとか基盤に乗せれるところまで来たら、コロナによる環境の変化、フィリピンのコロナビジネスに巻き込まれて50万ほどの出費。人生いろいろありますね。家族もいるので、まだまだ諦めませんよ!!!

それでは、またお会いしましょう。